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「良い母親」とは。

 

今でもよく覚えている。

私は2年前、妊娠中のある日、
久しぶりに会った学生時代からの友人とお茶をしながら、こう言った。
私、良いお母さんになりたい」と。

当時すでに3人の子の母親だった私の友人は、
きっと「最初は誰でも、そう思うんだよねぇ」と、心の中でそっと感じていたに違いない。

それでも彼女は私に「〇〇は、良いお母さんになれると思うよ」と、優しく答えてくれたのだった。

何をどうしたら良い母親になれるか、そもそも子どもにとってどんな母親が良い母親なのか?
明確な答えは、きっと誰にもわからないのに。

そうして母親になった私には、ちょっとしたコンプレックスがある。

子どもが泣くと、どうやって接したらいいのか分からない時があることだ。

それは「あやし方を知らない」と言うよりは、「自分があやす姿を即座にイメージできないから、実行に移せない」と言ったほうが正しい気がする。

家族3人で過ごしているとき、
夫のまっちゃはいつも、息子のだんごの前でユーモアいっぱいに動き、3分に1回は不機嫌になりかける彼を笑わせることができる。
顔をしわくちゃにして変な顔をしてみせたり、家具の後ろに隠れてはおどけて出てきてみせたり。

私はそんな夫を心から尊敬している。
今の私には、なかなかできないことだから。

 

子どもが泣いたとき、私は自分の頭が真っ白になっていくのを周囲に悟られないように、
とっさにお菓子を差し出したり動画を見せたりしてしまう。

「あなたのその子育ては間違っている」と、いつ誰に言われるかビクビクしながら。

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先日そんな私に、とある育児相談の場で、カウンセラーのかたがこう問いかけてきた。

「あなたは、息子さんを他の誰かと比べたりしますか?」

私は迷うことなく、こう答えた。
「いいえ。息子には、『自分は存在しているだけで素晴らしい』と思ってほしいです。
私自身、息子は唯一無二の素晴らしい存在だと思っています」

すると、カウンセラーさんがこう続けたのである。

「それじゃあ、あなた自身も、『自分は存在しているだけで素晴らしい』と思っているべきだし、そういう姿を息子さんに見せるべきではないですか?
と。

ハッとした。

私は、日に日に大きくなる息子を無条件に愛でながらも、
自分に対してはまったく「オッケー」を出せていなかったということに、初めて気がついたのだった。

 

もちろん、ひとを育てるという立場にあって、
「私は私。だから何でも許される」とは思っていない。

でも、何かにつけて「ちゃんとしなくちゃ」と、焦らなくても良いのだと思う。

日々親として、ひとりの人間として、
少しずつ自分のキャパシティーを広げながら、「できること」を増やしながら、
息子と一緒に成長していく。

そんな考え方が良いのではないか、と最近は思っている。

 

この世に存在するのかどうかもわからない、「良い母親とは」という問いに対する答えを、
私は今日も密かに探し続けている。

難しい顔をした私の方に、保育園での1日を終えた息子がうれしそうに駆け寄ってくる。

有り難いことに息子はこんな私のことを、とても好いてくれているようだ。

私も自分を好きになろう。
きっと、そこからなのだと思う。

 

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きょうも最後までお読みくださり、ありがとうございます〜!!

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